アンジェ ポステコグルー監督 退任のお知らせ

2021/06/10 トップチーム

アンジェ ポステコグルー監督 退任のお知らせ

アンジェ ポステコグルー監督が、スコティッシュ プレミアシップ(スコットランドの最上位リーグ)に所属するセルティックFC(スコットランド)より監督就任のオファーを受けました。監督、クラブ間での協議を重ねた結果、クラブとしてポステコグルー監督の意志を尊重して双方合意のもと、シーズン途中ではありますが横浜F・マリノスの監督を退任し、セルティックFCの監督に就任することが決定いたしました。

クラブは、横浜F・マリノスを支え、新たな歴史を築き、多くの功績を残されたことに感謝をするとともに、ポステコグルー監督の新たな挑戦をファミリーとしてサポートしたいと思います。クラブを離れてもポステコグルー監督は、マリノスファミリーの一員であり、F・マリノスの将来を見守ってくださいます。

13日(日)のJリーグYBCルヴァンカップ プレーオフステージ 第2戦 北海道コンサドーレ札幌戦(17:00キックオフ/ニッパツ三ツ沢球技場)からは、F・マリノススポーツクラブ・アカデミーグループダイレクターであり、Jエリートリーグで指揮を執っている松永英機氏が監督として暫定的に指揮を執ります。なお、後任につきましては決まり次第お知らせいたします。

アンジェ ポステコグルー (Ange Postecoglou)

生年月日

1965年8月27日(55歳)

国籍

オーストラリア

コーチ資格

FFA Pro License

選手経歴

1984年~1993年 サウス・メルボルンFC

指導経歴
1994年-1996年 サウス・メルボルンFC アシスタントコーチ
1996年-2000年 サウス・メルボルンFC 監督
2000年-2007年 オーストラリア ナショナルユースU17&U20 コーチ
2001年-2004年 オーストラリア ナショナルチーム(Socceroos)アシスタントコーチ
2004年 オーストラリア オリンピックチーム コーチングスタッフ
2008年-2009年 パナハイキFC(ギリシャ) 監督
2009年-2012年 ブリスベン・ロアーFC 監督
2012年-2013年 メルボルン・ヴィクトリーFC 監督
2013年-2017年 オーストラリア ナショナルチーム(Socceroos)監督
2018年-2021年 横浜F・マリノス監督

アンジェ ポステコグルー監督 コメント

マリノスファミリーの皆さんへ

皆さんにお知らせすることがあります。
残念なことに、お別れをする時がきました。
横浜F・マリノスの監督になり3年半が経ちますが、新たな挑戦に踏み出すことを決断しました。

横浜F・マリノスに関わるすべての人たちに対し、言葉では表すことのできない感謝の気持ちを持っています。

クラブスタッフ、チームスタッフの皆さん、選手たち、そしてこの国で最も情熱的なファン・サポーターの皆さんから、世界中のどの監督もがうらやむような厚いサポートをいただきました。

私が監督に就任した際、横浜F・マリノスを日本中で誰もが話題にするようなチームにするというビジョンをお話ししました。成功をもたらすことはもちろんですが、皆さんがクラブを誇りに思えるようなサッカーを実現したいという想いでした。

多くの困難があり、その道のりは決して簡単なものではありませんでしたが、我々は特別なことを成し遂げられるということを信じ続けました。多くの特別な瞬間がありましたが、2019シーズンのJリーグ制覇を上回るものはありません。あの日産スタジアムでの最終戦は、いつも私の心の中にあり続けます。

ファン・サポーターの皆さんをワクワクさせることができたことも誇りです。妥協を許さずに常に成長を求め、素晴らしいサッカーを見せることができました。選手が日本代表に選出されたことや、夢を追い求め欧州にチャレンジする選手がいたりと、多くのことを成し遂げてきました。

コロナ禍で、ファン・サポーターの皆さんの大歓声をスタジアムで聞けなかったことは寂しかったですが、様々な制限がありながらもチームを応援する気持ちは伝わっていました。

私と私の家族を代表して、チームスタッフ、選手、素晴らしいファン・サポーターの皆さんに感謝をお伝えします。

ありがとう。

私は離れても、マリノスファミリーの一員ですし、皆さんは常に私と私の家族の中にあり続けます。

Forever F.Marinos

ボスより

横浜マリノス(株)代表取締社長 黒澤良二 コメント

この度、アンジェ ポステコグルー監督が横浜F・マリノスの監督を双方合意のもと退任し、セルティックFCの監督に就任することになりました。
2018年に横浜F・マリノスの監督に就任以来、ハイプレス、ハイラインに代表される「アタッキング・フットボール」をチームに浸透させ、Jリーグにて「超攻撃的サッカー」を表現しました。2019年に、15年ぶりとなるリーグ優勝をもたらしたことは、ファン・サポーターをはじめ、横浜F・マリノスに関わるすべての方々を幸せにしてくれました。2020年は、AFCチャンピオンズリーグにて、クラブ史上初となる決勝トーナメントに進出。2021年は、現時点でリーグ戦16試合を消化して3位と首位を追っています。
これまでクラブに関わった方々、歴史、文化をリスペクトし、パスを受け取ったポステコグルー監督が手腕を発揮した3年半で、本当に魅力のあるクラブになりました。今季、タイトル獲得を目指すチームにとって、シーズン途中の退任は大きな痛手です。しかし、リーグ優勝を51回数える欧州の名門クラブから届いたオファーに「挑戦したい」というポステコグルー監督の想いを受け止めて送り出すことが、横浜F・マリノスがクラブとしてできる最大の敬意だと考えました。
ポステコグルー監督がチャレンジし作り上げ、結果を残した魅力ある「アタッキング・フットボール」をこれからも継続し、皆さまに夢と感動と笑顔をお届けするチームを目指していきます。ファン・サポーター、スポンサーの皆さま、関係各位には、今回のポステコグルー監督の決断とクラブの判断をご理解いただければ幸いです。

松永 英機 (MATSUNAGA Hideki)

生年月日

1963年2月8日(58歳)

出身/学歴

静岡県/静岡学園高校 ― 大阪商業大学

指導ライセンス

日本サッカー協会S級ライセンス

選手経歴

1984年~1991年 松下電器産業サッカー部

指導経歴
1989年-1992年 松下電器 コーチ
1993年-1994年 ガンバ大阪 トップ・サテライト・ユースコーチ
1994年 日本サッカー協会強化委員
1996年 アトランタオリンピックプロジェクトチーム
1997年 ヴェルディ川崎 トップ・サテライト・ユースコーチ
1998年 ヴェルディ川崎 テクニカルグループ
1999年 ヴェルディ川崎 監督
2000年-2001年 清水エスパルス 強化担当
2002年 清水エスパルス サテライト監督
2003年-2004年 ヴァンフォーレ甲府 監督
2005年 ヴィッセル神戸 監督
2006年 佐川印刷SC 監督
2007年 FC岐阜 ヘッドコーチ
2007年-2009年 FC岐阜 監督
2010年-2012年 名古屋グランパス 育成普及部テクニカルダイレクター
2013年-2014年 FC岐阜 統括副本部長兼チーム統括部長
2015年 名古屋グランパス チーム統括部テクニカルダイレクター
2016年-2018年 Jリーグ 育成ダイレクター
2019年- 横浜F・マリノス アカデミーダイレクター
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